「ブランド」や「ブランディング」という言葉は誰もが聞いたことがあるし、その重要性も想像しやすいのではないのでしょうか。
喉が渇けばコカ・コーラを飲みたくなり、高級車と言えばBMWやベンツを連想します。自社のサービスや製品がブランドを確立すれば、顧客に高く評価してもらい、購買に繋げることができることは自然な流れとして理解できます。
問題は、そのような状態を作り出すためには、 実務担当者としてどのような考え方をすればよいのか?どのような作業を経ればブランドを作りことができるのか?ブランドの価値を高めるにはどうしたらいいのか?といった点です。ブランドの重要性には気付いていても、このような問いにはっきり答えられる人は少ないかもしれません。
「日々の業務を誠実に、コツコツやることがブランドに繋がるんだ」という人もいます。それでうまくいくケースもあっても、あくまで結果論であり、自社のブランドを主体的にコントロールできているとは言えません。
この記事では、「ブランド」というマーケティングの最重要概念について、基礎理論の解説を行います。
目次(Table of Contents)
ブランドとは何か?
最初に、「そもそもブランドとは何か?」を整理します。
ブランド(Brand)の語源は、焼印を押すという意味の「Burned」です。牛などの家畜の個体を識別するために押した焼印が、ブランドの起源です。
起源からも明らかな通り、ブランドの最も端的な定義は「識別」です。特定の企業や製品、サービスを、他から識別できるようにするためのものが「ブランド」です。
顧客がある商品を見たときに「あ、あの商品だ!」と連想できるものはブランドだと言えます。顧客はその商品の概観やキャッチコピーなどを見て、”ほかでもなくあの商品だ”と「識別」したためです。
このように、「ブランド=識別」と理解しておくと非常にわかりやすいですし、今後の議論を整理しやすくなります。
より包括的な定義は、米国マーケティング協会(AMA: American Marketing Association)のものが理解しやすいでしょう。マーケティングの教科書にも頻繁に引用される、最も一般的な定義です。 なお、ここでも「識別」という言葉が出てくることがポイントです。
ブランドとは、「個別の売り手または売り手集団の財やサービスを識別させ、競合する売り手の製品やサービスと区別するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはこれらの組み合わせ」である。
ところで、近年、ブランドはますます重要性を増していると考えらえます。その理由は、Googleの元会長エリック・シュミットが出版社幹部向けの講演で話した、次の言葉によく表れています。
Brands are the solution, not the problem. Brands are how you sort out the cesspool. (中略) Brand affinity is clearly hard wired, It is so fundamental to human existence that it’s not going away. It must have a genetic component.
(意訳:ブランドは、混沌を整理するためのソリューションだ。人間とブランドとの繋がりは、遺伝的要素に根差した生まれつきのものであり、切り離すことはできない。)
現代社会は一生かけても消化しきれない莫大な情報にあふれています。ブランドは、そのような情報の洪水の中で、人間が生きていくために欠かせないソリューションだと言うのです。
何か買おうと思ったときに、Amazonに並ぶ膨大な商品群の中で、人はどうやって選択すればいいのか?あるいは、調べたい情報があるとき、何万と表示されるGoogleの検索結果から、どのページを読めばいいのか?提示されるもの全てを細かく比較するのは労力もかかりすぎ、限度があります。
そんなとき、人はブランドに頼ります。既に知っているブランドや、信頼しているブランドが並べられているのに、わざわざ聞いたこともない会社の商品を買う人はいません。 膨大なWebサイトが表示されたとき、匿名の個人ブロガーの書いた記事よりは、名の知れたWebサイトでの著名人の発言を信用します。人は多少のプレミアムを払っててでも、知っているブランドを選びます。
また、ブランドは企業にとって極めて重要な資産だと言えます。以下はマクドナルドの元CEOの言葉です。
自然災害で所有する全資産が、建物から設備まですべて壊滅状態になったとしても、我々にはブランド価値がある。必要な資金を借りれば、迅速に立て直すことができる。ブランドは、資産をすべて合わせたものよりも価値がある。
ブランドは企業にとって大切な資産であり、適切に価値を高め、維持し、リスクに対処するブランド・マネジメントが必要とされます。
また、ブランドが明確になれば、企業が全体として目指す方向性から、日々生産する商品のスペックや品質、対外的な情報発信における文章やデザインのディテールに至るまで、あらゆる活動や生産物に一貫した基準を作ることができます。
最後に、ブランドがあることで、顧客と自社にとってどのようなメリットがあるかを次の通り整理します。
▼ブランドのメリット
ブランド・アイデンティティを定める
主体的にブランドを作るためには、何よりもまずは目標となるもの、つまり自分たちが目指すブランド・アイデンティティとは何か?を考えることからスタートしなければなりません。
ブランド・アイデンティティとは、「自分たちはどのような存在だと認識されたいのか?」を端的を説明するものです。
ブランド・アイデンティティは、明快な一文で表現することをおすすめします。それが顧客のみならず、自社内のメンバーに対しても、共通の理解や、活動の一貫性・整合性を保つことを促すからです。
参考として、有名な企業のブランド・アイデンティティを紹介します。
・ Starbucks
Third Place(サードプレイス)
・ Amazon
Earth’s most customer-centric company(地球上で最も顧客中心の会社)
Organize the world’s information and make it universally accessible and useful(世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする)
・ クックパッド
毎日の料理を楽しみにする
どれもお馴染みのものですが、ブランド・アイデンティの力を感じることができます。 なぜなら、これらのブランド・アイデンティティは、「自分たちはどのような存在なのか?」「どのような世界を実現したいか?」「どのような存在だと思って欲しいのか?」を、的確に表現することに成功しているからです。
なお、ブランド・アイデンティティは、指している内容はほとんど同じでも、言葉としては様々な呼ばれ方をします。「ブランド・ステートメント」、「ブランド・プロミス」、「ブランド・ビジョン」などと言われることもあるし、経営戦略における「ミッション」や「ビジョン」、「経営理念」や「使命」などと一致することも多いです。本来、このような概念全体を正しく理解をしていれば問題ありませんが、実務の上では、メンバーによって使う言葉や、言葉から受ける印象が異なるため、注意しながら認識を合わせていく必要があります。
また、ブランドの対象は、企業、サービス、製品などのレイヤーがありますが、基本的な考え方は変わらないので、本記事中でも区別していません。
ブランディングとは何か?
ところで、自分たちがブランド・アイデンティティを定義したとしても、顧客や、社内の他のメンバーが、定義通りの理解をしてくれるとは限りません。誰もが自分が見聞きした断片的な情報をもとに、ブランドに対して自分なりのイメージを作り上げていきます。
そのため、ステークホルダーが思うブランド・イメージを、自分たちが定めたブランド・アイデンティティに一致させていくために、製品開発や広報、販売、広告宣伝、さらには社内メンバーへの理解促進など、様々な活動を行うことが必要になります。そしてこの活動こそが、「ブランディング」と呼ばれるものです。
つまり、ブランディングの定義は以下の通り「内外のステークホルダーが持つブランド・イメージを、 自分たちが構築したブランド・アイデンティティに一致させていく活動」となります。
ブランディングとマーケティングの関係性
続いて、ブランディングとマーケティングの関係性について補足します。
マーケティング理論の戦略立案編で、STP分析を紹介しました。
STP分析で戦略の骨格を作り上げる | 10分で理解するマーケティング戦略の基本【戦略立案編】
STP分析では、顧客をセグメンテーションした後にターゲティングを行い、さらにターゲットの中で自社がどのようなポジショニングを占めるかを整理しました。
マーケティング活動全体を俯瞰してみると、「ポジショニングをさらに先鋭化・体系化させたものがブランディング」だと整理することができます。
なお、上記の図のブランディングの欄には、 ブランド・アイデンディティ・プリズム(Brand Identity Prism)というフレームワークの概略図を掲載しました。
次の記事では、このブランド・アイデンディティ・プリズムを用いて、ブランド・アイデンティティを整理する方法を紹介していきます。
ブランド・アイデンティティ・プリズムを用いて、ブランド・アイデンティティを体系化する
※当記事の参考文献 ・ケビン・レーン・ケラー「エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント第4版」 ・フィリップ・コトラー, ケビン・レーン・ケラー 「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版」